『お目出たき人』 (新潮文庫) 武者小路 実篤 1910年(明治43年)
以前から武者小路作品に登場する超俗した男が気になっていた。粘り気ある後味とでも言おうか。遠くから見てみたい衝動にかられるのだ。『友情』に登場する脚本家の野島や『真理先生』で重要な役を担う絵描きの馬鹿一。いずれも相手の気持ちや世間の評判には恐ろしく鈍感で、我が信ずる道(といってもこれが少しずれている訳だが)を突き進む。悪くいえば粘着質で妄想癖有りのストーカー的。良くいえば純粋で裏表の無い直情タイプ。よくもこんな変人を細微に書けるものだと思っていたのだが、本書を読んですっかり謎が解けた。この偏奇人は武者小路実篤本人がモデルだったのだ。
『お目出たき人』は実篤が1910年(明治43年)、25歳の時に実体験をもとに書かれた。志賀直哉、有島武郎らと文芸誌『白樺』を創刊した翌年の意気軒高な頃だ。ゆえに実質的なデビュー作と言っていいだろう。本書新潮文庫版には標題作の他に附録として「二人」「無知万歳」「生まれなかったら?」「亡友」「空想」の計6編を収める。含蓄ある表紙の鳳凰?鷲?の絵は有島武郎の実弟で画家の有島壬生馬が描いた。
26歳の「自分」は近所に住む「美しい優しい可憐な」女子学生の鶴に恋をする。しかし話したことはない。一方的な片思いである。想像力が他人の何倍も豊かな主人公はそのうち「鶴と夫婦になりたく思う」ようになり、「鶴程自分の妻に向く人はない」ように考え出す。さらには「自分の妻になることが鶴にとっても幸福」のように思えて来るのである。友人にも相談して、親にも!勝手に報告して、時間があれば鶴を見に学校の近くまで散歩に繰り出す。この辺りから読者も苦笑が始まるに違いない。
彼はついにたまらなくなって鶴の父親に求婚の手紙を出す(笑)。しかし返ってきた答えは当然と言えば当然、「まだ本人は若い。鶴の兄もまだ嫁をもらっていないので」と体よく断られてしまう。ガーンとした彼はその夜、布団の中で涙ぐみ、「自分は五年前から一日も彼女のことを忘れたことがない、本当に苦しいのだ・・」と何度もひとりおいおい泣くのである。この独り相撲っぷり、直情径行っぷり!見事ではないか。そして粘着質タイプの主人公はあきらめずにほとぼりが冷めるまで、鶴が自分に好意を持ってくれるまで、勝手に待つ決心をするのである。
結論は私たちの想像通りである。当然の悲しいジ・エンドを迎えるのだが、読み終わった後になぜであろう、清々しい気持ちにすらなる。それはたぶん主人公の妄想の中に陰湿な部分が皆目見あたらないからだろう。至って前向きで明るく、「馬鹿」の字を頭に付けてもいい位だ。24時間365日しかも5年以上一人の女性を思い続け幸福な時間を過ごした。もっとも鶴は気持ち悪くて堪らなかったかもしれないが。
この底抜けの率直な性格は恐らく実篤の生い立ちに由るところが大だと思われる。公卿の家系である武者小路家の第8男として生まれ、可愛がられて育ったのであろう、学習院初等学科から中等科、高等科にトントン進み、東京帝国大学文科大学哲学科へ入学。端から見れば挫折無しの人生である。ゆえに同人誌白樺を創刊した時にも「お坊ちゃんたちのお遊び」「白樺を逆さによんで-ばからし-」と馬鹿にされていたようだ。
しかし芥川龍之介が実篤のことを「文壇の天窓を開け放ってさわやかな空気を入れたことを愉快に感じる」と評したように、「天衣無縫」と言われたそのおめでたい作風は、本書を始めとして、『友情』『愛と死』『真理先生』と数多くの名作を生み出す。「人柄が飾り気がなく、純真で無邪気なさま、天真爛漫」。その代わりに「飽きっぽく、ときおり口を尖らせて怒る」。何とも愛すべき人である。であるが、もう一度念のために記しておく。一方的に想われた鶴本人は気持ち悪くて堪らなかったかもしれない・・・・・・。