『時宗』 (全4巻) (講談社文庫) 高橋 克彦頼朝亡き後、凄惨な内部闘争に終止符を打ち、武家政治を築いた北条時頼、時宗親子。北条氏が目指した国づくりとは如何なるものであったのか。本書は『火怨』や『炎立つ』などで古代東北の歴史を切り開いてきた高橋克彦が、時頼執権の誕生から蒙古の来襲、時宗の死去までの40年間を描く壮大な人間ドラマだ。文庫本にして全4巻1,300ページ、2001年NHK大河ドラマ「北条時宗」原作にもなった大作である。

兄経時から引き継いだ政権は身内の権力争いが渦巻いていた。放置していては政権の安定もままならない。時頼は禍となる種を一つずつ取り除いていく。将軍頼嗣を追放し、身内の名越や三浦を滅ぼし、足利を遠ざけ、九条道家を謀殺する。そして北条家の基盤を確固たるものにしていった。時頼と側近の間で次々に練られる謀略談義は実に冷酷で湿っぽい。常に敵の追い落としを企てているように見える。善政執権と言われた時頼の冷徹な一面が伺える。

「念仏宗、禅宗を排斥せよ」と政権に揺さぶりをかけて来る宗教家日蓮も時頼にとって頭痛の種だった。外敵の侵略を予言した日蓮の「立正安国論」を読んだ時頼は、「正論も多々ある」とその存在を認めながらも、幕府の蒙古戦略の差し支えになると逮捕を命じる。しかしその予想は現実のものになろうとしていた。その当時、蒙古軍は大国宋や高麗を制圧し、次の狙いを日本に定めているのは明らかだったのである。

「十年以上執権の座にありながら結局何もしていない」と慚愧の思いでいた時頼。残された時間も少なかったのだろう。息子の時宗に蒙古の恐ろしさと日本を防ぐ戦略を託した。北条の目指す国づくりについても「武士とは人のために死ねる者だ。しかし今はその国が出来上がっていない。だから皆が命を懸けても守らねばと思うような国を作らなければならない」と時宗に命じるのだった。

後半の時宗執権時代のクライマックスは日本史上最大の国難と言われた蒙古の来襲であろう。九州に押し寄せた蒙古軍は5万とも10万とも言われる。著者は蒙古戦の主役に、史実では時宗に征伐されたとされる兄時輔を「実は死んだ振りをして宋に渡っていた」と設定、謝国明の息子太郎とともに縦横無尽の活躍をさせている。両軍合わせて何万人も亡くなった凄まじい戦いの末に国を守った英雄として描いた。

本書は激動の鎌倉時代を生き、国難に立ち向かった人間たちの熱いドラマだ。弟を立てて奔走する時輔の志に胸が熱くなる。著者は北条親子の生き様を通して国家愛、家族愛、兄弟愛を伝えたかったのだろう。脇を固める豪傑な安達泰盛、時宗、時輔を支える謝太郎、命を懸けて信仰を説く日蓮、登場する人間はみな志高く快活で清々しい。

劇作家のさいとう・たかをは本書を「すべて劇画的で、どんどん画面が浮かんでくる。それもダイナミックに。」と評した。著者高橋は「志。これだけは必ず描いている」と答えた。そう男達の生き様なのである。最後の一行に心を揺さぶられる。まさに高橋克彦の代表作といえよう。