『竹取物語(全)』 (角川ソフィア文庫) 角川書店 (編集) 平安時代初期
『竹取物語』は、いつ、誰が書いたのか、実際のところわかっていないのだが、『源氏物語』の中でも出てくるのをみると、平安時代初期頃(900年代頃)の成立ではないかと言われている。無論、原本は残っていないので、時代時代の人に愛読され、書き写されながら残ってきた、日本最古の物語文学である。
私たちが幼少の頃に親しんだ『かぐや姫』は、竹の中から光を帯びて生まれた「姫」が大きくなるに連れて、その美貌が都中の評判となり、5名の貴公子や帝から求婚されるのだが、かぐや姫は彼らに対して無理難題な要求を出して結婚を断り、最後は月へと帰って行く、というような話だったと思うが、今あらためて古典を読んでみると、お伽噺だけに留まらない著者の言わんとするテーマを読み取る事が出来る。
当時は藤原家を筆頭にした貴族政治の全盛で、庶民がお上に抵抗する事は考えられない時代だった。立場の弱かった庶民の、しかも女性が貴公子や帝に対して、媚びるどころかけんもほろろに厳しい要求を突きつけ、追い返してしまうその痛快感。上下の立場が逆転する爽快感。ここは物語が今まで読み継がれている大きな部分だと思う。もっとも当時の庶民は識字率が低く、書物を読む環境にないので、下級貴族などが喜んで読んでいたと想像される。著者自身もこれほどの文章を書く人だから、学識が高いそれなりの地位にいる貴族なのだろう。
さらにこの物語の大きなポイントとして、かぐや姫自身の変化がある。求婚を受ける条件に無理難題を出した頃は、気性が激しく、要求を成し得ずに男が帰ってくると嘲笑し、誹謗すらしていた。だが、男たちが日本や中国、インドを駆けめぐり、なんとか要望のものを見つけてこようと、努力する懸命な姿を見ているうちに心境が少しずつ変化していった。帝の優しさにも心を打たれた。包容力に触れているうちに切ない感情が芽生え始めたのだ。育ててくれたお爺さんと、いよいよ別れなければいけないと決まった時には、さらにつらかった。毎日泣き続け、死ぬまで面倒を見てあげたいのに、と考える位に変わっていた。
彼女は、多くの人と触れあっているうちに、人を思いやる感情、人を愛する感情、別れや死をつらく思う気持ちが生まれていたのである。不老不死の月の世界には無い感情だろう。人間社会を通して彼女自身も大きく成長した。しかし「まだ地球に残っていたい」そんな彼女の願いも叶わない。無常である。いよいよ月から迎えが来る日、帝はかぐや姫を守るため、何千人という軍隊を配備させた。しかし月からの使者の前には無力だった。みんなに悲しまれながら、自分自身も涙を流しながら月へと帰っていった。愛すべき地球との永遠の別れである。
著者がこの『竹取物語』で据えたテーマには、人が持つ愛情の素晴らしさと人生の無常の悲しさ、儚さではないだろうか。人間の世界は永遠では無く、必ず別れが来るもの。親は子どもを育て、子どもは親の面倒をみる。それすらも無限ではない。一日一日を悔いの無いように生きようというメッセージでもあると思う。